これは何
名大多元数理博士後期課程の夏期募集に外部から合格したので、その体験記です。
はじめに
名古屋大学大学院多元数理科学研究科は、簡単に言うと数学とその周辺分野をやる研究科である。 この記事を読んでいる人の多くは知っているだろうから、研究科自体の紹介は割愛する。
博士前期課程の入試はかなり競争的だと聞くが、それに比べれば博士後期課程は(多くの大学・研究科でそうだろうが)牧歌的だ。 30名の定員に対して受験者は例年15名以下で、そのほぼ全数が合格している。したがって、試験場に立つことさえできれば心配することはほとんどないだろう。 僕も今回、数学基礎論を扱うA先生の研究室*1を受験して、特に危なげもなく合格をいただくことができた。
とはいえ(特に外部進学を狙う人間は)どのように出願まで漕ぎ着けるか悩んでいるかもしれないし、また実際の試験がどのようなものだったか気になる人もいるかもしれない。そこでこの記事では
- 僕が出願までにどういう経緯を辿ったか
- 試験本番の流れ
について述べようと思う。前者については多元数理に限らず、D進で研究室を変えようと思っている人全般の参考になれば幸いである。
筆者について
典型的な受験者層とは異なり、僕は数学科出身でないので、簡単に自分の属性と受験に至った経緯を書いておく。
筆者は電気通信大学という、工学部*2しかない単科大の出身である。プログラミングやアーキテクチャ、ネットワーク理論などのCSっぽい講義は粗方受けつつ、興味は年々理論の方へ寄っていき、卒論では型システムとか計算可能性とかに関するテーマについて書いた。今は実現可能性 (realizability) 理論について研究している。
B4からM2現在まで所属している研究室は、離散数学とそれにまつわるアルゴリズム・数理最適化が主なテーマである。指導教員であるB先生が何でも勝手にやらせてくれるので色々な学生のごった煮になっている節もあるが、少なくとも基礎論をやっている人は僕以外にはいないし、B先生の専門でもない。
いわゆる「普通の数学」は、基礎教養で講義を受けた以外には、有志の自主ゼミや研究室の輪読で少しだけ学んだ。束論や圏論あたりの例外を除くと、数学科の2年次までにやる内容はどれも薄らと触ったことがあり、3年次以降でやるような内容はほとんど知らない、という感じである。
基礎論に関しても証明論や計算理論は入門書だけ何冊か読んで、あとは研究しながら足りない部分を適宜補っている。モデル理論や集合論は全然知らない。 ともかく、数学科出身の人や基礎論の研究室に以前からいる人に比べると、基礎が圧倒的にできていない状態である。
出願以前
M1春
卒業研究を通じて計算理論や研究が楽しいという印象が強まり、なんとなくD進を意識しはじめた。基礎知識は必要なときに補えばいいが、博士課程でやることのビジョンが無いことにはどうしようもなかろうと考えて*3、とりあえず研究を進めることにする。
しかし肝心の研究テーマがない。残念ながら卒論の題材には発展性がなく、途方に暮れる。 A先生のことは以前から知っていたので泣き付きのメールを送ると、当然ながら具体的な研究テーマに関しては答えてもらえなかったが、基礎的な文献をいくつか教えてもらえた。ひとまず読みはじめるが、それで課題が見つかるわけでもないので内心焦りはじめる。
M1夏〜秋
B先生から「近年のLICSの論文を片っ端から読め」と言われていたところ、ようやく面白そうなものに行きあたる。著者の論文をいくつか読んで小問題をいくつか見つけるが、しばらく格闘しても全然解けず、取り組む問題やアプローチを変えたり何だりしているうちに何ヶ月か過ぎる。かなり焦ってくる。
M1冬
12月に入ったころ、A先生にD進の打診をする。正直研究の見通しは全然立っていないが、ダメならダメでまあいいかなと思うことにした。 すると「年末に研究集会があるのでそこで話そう」と案内されたので、とりあえず行ってみる。
幸運なことに、この集会で聞いた発表から研究課題を思いつく。A先生にそれの話をしたところ「まあいいんじゃないでしょうか」と仮の了承を貰えたので(そんなんでいいのか?)、進学することに心を決める。 修論もこれで書くことにして、B先生にしごかれながらプレプリントを出したり、国内の別の研究集会で発表したりする。 また archival かつ手頃な国際学会を探していたところ、WoLLIC 2026 を見つけたので出してみる。
3月下旬にメイクニュースタンダード*4の2027年度第1回募集があった。気づいたのが締切ギリギリだったので、あまり吟味できないまま書いて出す。
A先生はこの年度(つまり執筆時点の前年度)まで名古屋大学内の別の研究科に所属していたのだが、次年度(執筆時点の現年度)から多元数理に異動することが内々に決まっていた。僕はそのことを知らないので、申請書には以前の研究科名を書いていたのだが、内容をA先生に見せていたので指摘をいただくことができた。当然ながら申請書は進学先の先生と相談しながら書くことが大事である。
M2春
4月から5月の中旬にかけてはひたすら学振DC1の申請書を書いていた。一番苦しかった時期だが、時間をかけて作ったおかげで今後の研究について深く考えることができた。なお締切の少し前に WoLLIC の notification があったのだが、残念な結果に終わった。通っていたら申請書の実績欄を多少盛ることができたのだが、まあ仕方ない。
これと前後して researchmap のマイページを作った。修士学生のページは会員しか閲覧できないようだが、色々書いておけば学振の足しになるらしい。ホンマか?
5月の下旬にCCC 2026 という国際ワークショップがあったので出てみる。申し訳程度に abstract だけ見られたが危なげもなく受理された。研究室の同僚たちに付き合ってもらって発表練習をしてみるが、本番はまともな受け応えもできずに爆死。まあ最初だしこんなものだろう。
入試までに得ていた研究上の成果はだいたいこんな感じである。このころには既にMNSの内定を得ていたので、後は受かるだけという状態だった。
出願
6月上旬に募集要項が公開される。 まだ余裕があるなと後回しにしていった結果、締切ギリギリの7月上旬に対応することになった。
事務的な書類を除けば、内容を考えて書く必要があるのは研究計画書くらいだろう。以下の内容を3000〜5000字で述べよという指示である。
- これまでに学んだ数理科学の理論や定理の中で最も興味を持ったもの。
- 現在学んでいることあるいは研究していることの内容、ならびに後期課程において研究したいこと。
僕は1を1ページ、2を2ページくらいの分量に振り分けてLaTeXで原稿を作成した。個別的な話になるが、募集要項にある研究計画書のフォーマットへ原稿をどのように書き込めばいいのか分からず最初は困った。入試説明会のときに質問したところ、印刷した紙を切って貼ればいいのではないかという回答を得たので、そのようにした。
出願締切から1週間くらいすると受験票が発行され、そこから更に1週間くらい経って試験の時間割が送られてきたので、そこでようやく自分の試験日時を知ることができた。この時点で本番まで2週間を切っており、ホテルの予約や人と会う約束を中々立てることができず困った。
試験本番
2日間ある日程のうち、僕は1日目の朝に割り当てられた。そこでホテルは前泊と後泊合わせて2泊分を取ることにして、余った時間は観光や知り合いと会うことに使った。ここに関する余談は以下の記事にまとめてある。
博士後期課程(夏期募集)は口述試験である。本当ならば前日の夜までに試験の対策をした方がよかったのだろうが、僕は完全に甘く見ており、夕飯を食べるだけ食べて早々に寝てしまった。
さて本番当日の朝、伏見のビジネスホテルを出て一直線に大学へ向かう。「試験時間の10分前には控室で待機していてください」とのことだったが、思いの外早く着きすぎてしまい、20分ほど時間を持て余した。控室は多元棟の、試験室と同じ階の別室だった。着くと僕より前の受験者が1人いたが、それ以外には誰とも会うことがなかった。
時間になると一人の先生に呼ばれ、荷物を持って試験室まで着いていく。試験室は100人くらいは入りそうな大きな講義室で、そこに試験官として10人か20人くらいの先生方がまばらに座っていた。
一方で受験者である僕は、教室前方の演壇に上がるよう指示された。演壇上には試験官へ向いた椅子と机があり、机にはノートアプリを開いたiPadとマイクが置かれている。また前(つまり受験者の背後)の黒板にはプロジェクタでiPadの画面が投影されていた。
最初に5分くらいで、出願書類の研究計画書に沿って研究内容と今後の予定を説明した。ただし、計画書の内容を読みながら喋ることはできないので、覚えておく必要がある。まあ記憶にも新しいし大丈夫だろう。5分とは言われたが自分は特に気にしていなかったし、タイマーが掲示されていたり切り上げさせられた覚えもない。
何分くらいあったのか覚えていないが、その後の残り時間は質疑応答で、これはA先生とのタイマンだった。もし受験者の研究内容がもっとメジャーであれば、複数の先生から質問が飛んでくるのかもしれない。
質問内容の多くは自分が以前出したプレプリントの詳細に関する話だった。最初は一般論だったが後半にはかなりテクニカルな部分まで突っこまれ、執筆していたのが半年近く前だったこともあり、自分で書いた内容にもかかわらず上手く受け応えできなかった。場の雰囲気は「こいつ……😅」という感じで、いっそ殺してくれとすら思いながら耐える。
試験が終了したら、会釈して試験室を出た。控室には戻るなと言われていたのでそのまま建物を出て、次の予定に向かった。
試験から2日後(先述の通り2日間のうち1日目だったので、すなわち全日程終了の翌日)に試験結果が公表された。
院試受かった D進します pic.twitter.com/mLxZKXdfKO
— 型推栄 (@_jj1lis_uec) 2026年7月31日
前々からほぼ落ちないとは聞いていたが、あまりにも惨憺たる出来だったので落ちていやしないかとおっかなびっくりだった。
最後に
本稿の冒頭で述べたように、入試を受けることがさえできればまず間違いなく受かると思われる。したがって試験の内容についてそこまで気に病む必要はない。とはいえ受け答えはちゃんとできた方がよいので、自分の研究内容についてはつぶさに復習しておくべきである。
一方で、出願にあたっては心掛けておくべきことが沢山ある。
- 進学先の先生と早めに・こまめに連絡を取る
- 博士課程支援制度(SPRING、学振等)の申請をしっかりやる
- 研究集会に参加して顔見知りを作る
- (できれば)現時点での研究成果を読める形で公開する
もちろん、これらを履行しなければ必ずしも入試を受けるまでに漕ぎ着けられないという訳ではない*5。しかしD進は人生において大きな分岐点であり、経済的・社会的な不安を取り除くことは決断するにあたって特に重要であるから、それはとりもなおさず出願までに解消しておくべきことでもあるだろう。
MNSの申請書や出願書類のうち研究計画書の内容については、僕の個人的な知り合いか、受験を検討しておりお困りの方にはPDFをお渡しする。万が一気になる人がいればご連絡いただきたい。















